【なぜ一部のコストしか認められない?】値上げ申請を求められたA社の戸惑いとは

4月以降、取引先からの「値上げ申請を出してほしい」という声が増えてきました。
一見、値上げに前向きな姿勢に見える取引先ですが、実際にはすべてのコスト上昇が受け入れられるとは限りません。今回は、私が支援した中小企業A社の事例をもとに、値上げ申請に対する取引先の姿勢と、その対応の工夫についてご紹介します。


「値上げ申請を出してほしい」と言われたA社の実情

愛知県内に拠点を置く製造業のA社(従業員15名)は、主要な顧客企業から「値上げ申請を出してほしい」という連絡を受けました。これは一見、発注元が価格転嫁に理解を示しているように思えますが、実際には申請内容の選別が厳しく行われるものでした。

A社は、顧客から材料を無償支給されており、交渉対象となるのは主に以下の項目です:

  • 電気料金(高圧電力の単価が約20%上昇)
  • 水道料金(自治体の料金見直しにより年間10万円の負担増)
  • 輸送費(物流業者の人手不足で単価が上昇)
  • 人件費(定期昇給と採用難により平均給与が3%増)

これらのコストアップ要因を整理して申請したにも関わらず、**取引先が値上げの対象として認めたのは「電気料金のみ」**でした。


なぜ電気料金しか認められなかったのか?

顧客企業は、電気料金以外の項目については「根拠が不明確」「上昇幅が見えにくい」として、申請を受け入れませんでした

この対応の背景には以下のような理由があります:

  • 電気料金は電力会社が値上げを公表しており、社外でも確認可能
  • 他のコスト(人件費、水道料金、輸送費)は“見えない”コスト
  • 発注元としても社内決裁を通すには客観的な根拠が必要

つまり、発注側としては、**「説明可能で社内で通しやすいもののみ通したい」**という事情があるのです。


A社の戸惑いと次の一手

しかし、A社としては、水道料金・輸送費・人件費の上昇も深刻な経営課題です。このままでは経営改善どころか収益が圧迫され続けるリスクがあります。

A社の社長は、ここで諦めるのではなく、これらの費用が製品価格に与える影響を明らかにするための準備を進める決意をしました。


中小企業診断士としての支援開始

私は中小企業診断士として、価格転嫁支援に関わる専門家として、以下のような支援を提供しました:

  • 原価計算の整理
     各製品ごとに、直接労務費、間接費、外注費などの構成比率を整理し、水道料金・人件費の影響を可視化
  • 交渉資料の作成
     上昇費用を具体的な金額と製品あたりの負担増に換算し、説明資料を図解つきで整備
  • 交渉ロジックの準備
     顧客の社内決裁を想定し、「どのように説明すれば通るか」「どのデータが説得力を持つか」を一緒に検討

まとめ:一歩通らなければ次の一歩を

値上げ交渉は一度で完結するものではありません。見えるコストから見えにくいコストへと、段階的に説明と理解を積み上げることが大切です。
今回のA社のように、「電気料金だけOK」という初期反応で止まらず、原価計算などの準備を通じて再チャレンジする姿勢が、経営改善と持続的な価格転嫁には欠かせません。


次回の後編では、A社がこの後、どのようにして他のコストについても価格転嫁を実現したのかをご紹介します。中小企業が自社のコスト構造を理解し、専門家の支援を受けて交渉を進めることの重要性を、具体的にお伝えしていきます。