価格交渉の行きつく先は?プロが見た交渉の分かれ道
生産管理で経験した「お断り」の判断とは
企業活動において価格交渉は避けては通れない課題です。しかし、そのゴールは「必ずしも値上げが実現すること」ではない場合もあります。今回は、私が以前生産管理部門で担当した家庭用テレビゲーム機の製造における価格交渉の実体験をもとに、交渉における意思決定とその背景についてお話しします。
価格転嫁が求められる背景:同梱物変更によるコスト増
私が担当した企業では、家庭用のテレビゲーム機を他社に委託して製造していました。その製造を担っていたのは、いずれも中国の工場を持つ2つの企業です。この製品の製造において、当初の契約内容から同梱物の変更が必要となり、その結果として材料費が上昇することが明らかでした。材料費の増加は、通常の価格転嫁の一環として適切な原価計算を行った上で、コストに反映させるべき項目です。こうした価格交渉は、中小企業診断士としても経営コンサルタントとしても、どの企業においても重要なポイントといえます。
加工費の値上げを「お断り」した理由
さて、材料費の上昇分に関しては妥当なものでしたが、同時に交渉に持ち込まれた「加工費の値上げ」については、当社として認めるべきではないと判断しました。その理由には以下の2点がありました。
- 工数の低減によるコスト削減効果
このゲーム機製造においては、組立や梱包作業にかかる工数が、製造が進むにつれて減少していることを把握していました。製造工程での作業経験が積み重なったことで、組立・梱包の効率が上がり、当初の見積もりよりも低コストで作業が進められる状態にあったのです。このため、追加で発生した加工費はある程度カバーできると判断しました。 - コスト削減見通しに基づいた「価格転嫁支援」
将来的に製造の流れがさらに効率化し、現在の加工費分も削減されていく可能性が高いことも見えていました。値上げ要請があったものの、既に改善が進んでいる部分も含め、全体のコスト管理としては「価格転嫁」を認めるべきではないという判断に至ったのです。このような経営改善に向けたコスト分析も、経営コンサルタントや価格転嫁支援の一環として、適切に判断していくことが重要です。
納得が得られなかった交渉の結末
結果として、私たちが出した「加工費の値上げは認められない」という回答に対し、相手企業は交渉を早々に引き下げてしまいました。実際には、もし相手方が私の指摘に対して納得できる理由を示し、交渉を続ける姿勢を見せていたならば、議論を進めて一定の譲歩を考える余地もありました。しかし、相手企業は加工費値上げについて「交渉に値する理由」を裏付ける説明や反論を一切行わず、値上げ交渉を諦めてしまったのです
交渉における「準備不足」がもたらした影響
この一連のやり取りを通じて感じたのは、交渉における「準備不足」がもたらす影響の大きさです。特に価格交渉は「相手にいかに納得してもらうか」が鍵となります。価格交渉のプロセスにおいて重要なのは、短期的な成果のみを目指さず、長期的な関係構築やコスト削減に向けた視点を持ちつつ、交渉の場に臨むことです。今回のケースでは、交渉相手が材料費の値上げさえ認められれば良しと判断してしまい、追加で必要なデータや説明を用意せずに交渉を終えてしまいました。そのため、たった一往復で交渉は終わり、「価格転嫁」を獲得することができなかったのです。
まとめ
今回のケースでは、私たちが交渉を断った理由には「原価計算」に基づいた合理的な根拠があり、交渉相手にもそれをしっかりと伝えました。一方で、受注側の企業にとっては、追加のコストをカバーするための価格転嫁が期待されていたことも事実です。こうした場面で、経営改善や効率化に基づく「価格転嫁支援」を行うためには、相手のコスト構造や将来的な見通しを踏まえた交渉力が求められます。中小企業診断士や経営コンサルタントの役割としても、価格交渉のゴールは値上げを獲得することだけではなく、両者が納得できるかたちで着地させることが理想なのです。
今後、交渉に臨む際は、短期的な値上げに固執せず、コスト削減効果や改善の見通しを含めた「準備」を徹底し、長期的なビジネスパートナーシップの形成を目指していくことが重要です。